このページは 「できるだけわかりやすく色彩学の基本を学んで いこう」という趣旨ですすめる連載ページ(週刊)
です。
少しづつ、そして徐々に、日頃の色彩感覚とも 照らし合わせながら、時折、目を通してください。
<1 色が生まれる時>
きれいな、色とりどりの花を見て心和ませている私達人間。
一方で、花粉や蜜を運ぶために働いている蜂達も、 人間と同じ色を見ながら飛び回っているのでしょうか。
どうも、そうではないらしいです。
ミツバチは「赤色」は見えないが、紫外線は、見えるらしいと確認されています。蜂達が、どのように紫外線を見ているのか
興味がありますね。
さて、私達が見る色、感じる色とは、一体どのような存在 なのでしょう。
もともと、色は始めから存在しているわけではなく、色が 生じるためには、それなりの状況やプロセスがあるのです。
色は、どのような時でも、見えるわけではありません。
たとえば、真っ暗な倉庫に閉じ込められたとしたら、 自分の周りにどのような色があるのか見えませんね。
この場合、「光」がないのですから仕方がないと思われるでしょう。
つまり、「光は、色を見るのに必要なもの」なのですが、 言い方を変えて、光が、私達の目に入り、そこで生じる感覚が色、といってもいいでしょう。
では、光とはどのようなものか、光と色の関係について、 次回、お話したいと思います。
<2 光の性質>
携帯電話が普及していく中で、電磁波の問題がよく取り上げられますが、電磁波にも、いろいろな種類があります。
現在、光は、微粒子であり、波動をもっていると言われており、電磁波の一種とみなされます。たとえば、電波や紫外線やレントゲンの際のX線も電磁波であり、私たちが色を見る際に作用する、可視光線と呼ばれるものも電磁波であって、これらは、それぞれの波長域が異なります。波長とは、波の形が連続する中で、その一つの波の長さのことを言います。
その長さを表す単位は、nm(ナノメータ)といって1nmが100万分の1mmに相当します。
色の感覚を引き起こす可視光線の場合は、380nm〜780nmの波長域にあたります。
私達は、虹の中に、赤、オレンジ、黄、緑、青、紫などの色を見ますが、それは、もともと太陽光に、これらの色あいが含まれていることをも、あらわしています。
光が物にあたると屈折が行われますが、屈折率は、長波長の光から短波長の光になるにつれ、高くなります。空気中にある水滴に入った光が何度か屈折を行い、その屈折率が波長によって異なるため、虹を見ることができるのです。
虹で見られた色光がすべてあわさったのが太陽光です。それぞれの色光を単色光、単色光の集合は白色光と呼んでいます。虹の順序で言うと、赤の単色光は、最も波長が長く、紫の単色光に至るにつれ、短い波長域を含んでいます。緑は、その中間ぐらいの波長です。光が単色光ごとに分かれることを分光と呼んでいます。
こうした事実を発見したのがニュートン(1666発表)であり、プリズムに光をあてた結果、虹の順序で単色光が見られたものをスペクトルと呼んでいます。
<3 色が見えるのは?>
さて、可視光線を受けとめる器官が眼であり、色を知覚する働きをおこなっているのですが、その眼に光が届くまでの過程をお話しましょう。
まず、可視光線が、私たちの身のまわりにある物体に当たった場合、その光はどのような動きをするでしょう。
透明でない物体の場合、物質の性質にもよりますが、物体にあたった光は、反射や吸収といった動きをします。光は物体の中へ一部吸収された後、表面上に反射されます。その結果、反射光の波長域をもった色あいの光が生じるのです。
たとえば、「なぜこのセーターの色は青い」と知覚できるかというと、まず、光がセーターにあたった後に、短波長の青色光の領域が反射されるからです。つまり、物体にいったん吸収された光の、どの波長領域が反射されるかが、色あいの見えに関係するのです。
物体にあたるまでの光は、色光でなく、白色光です。それが物体にあたることで、一部の波長域が失われ、残った波長域が色光となり、始めて物体に色が与えられます。
ですから、もともと物体そのものに色があるのではなく,このような過程の中で、ある種の色が現われるのです。色の絶対的な存在場所は、もともとないからです。まさに、「色は生じる」と言っていいでしょう。
色彩用語では、このような色を表面色と呼びます。
他にも、上記と違った経路を通った色を見ています。また、次回、お話ししましょう。
<4 空の色はなぜ青い?>
私達が、日頃見ている色は、物体の表面色だけではありません。
たとえば、空の色。時々空を見上げつつ、今日の天気や明日の天気を予測しようとしますね。最近では、降水確率に頼ってしまうことの方が多いでしょうか。
こうした空気中では、光が物に当たった時に起こる反射、吸収といった動きではなく、そこにある、さまざまな粒子に光が当たった場合に、光があちこちへ反射するといった散乱現象が起きています。それも、光の波長によって散乱の程度は異なり、短波長の光は、長波長の光よりも散乱しやすいのです。
そのため、太陽の光が空気中の粒子にあたると、短波長の青い光が、長波長の赤やオレンジの光にくらべて散乱されやすくなるため、その散乱された青い光によって、空の色を青く見ていることになります。
逆に、サンセットの色は、昼間、散乱されにくかった長波長の光が通過されてきたため、赤やオレンジの色に染まったかのように夕日を眺めることができるのです。
海が青く見えるのも、水の光が長波長の光を吸収し、短波長の青い光を拡散させているからです。
ただ、散乱現象の場合、光があたる粒子の直径と波長の長さの関係が影響します。上記のように、空が青く見えるのも、光のあたる粒子が光の波長よりも小さいからであって、粒子の方が大きいような雲の水滴などの場合は、散乱がどの波長も同様に行われるので白く見えます。
<5 虹が見える時>
ふと見上げた空に、虹を見つけると、わけもなく嬉しくて見とれてしまうことがありませんか?
虹が消えるまでのわずかな時間、何かしらの小さな感動を与えてくれる不思議な存在です。
その虹の色も、くっきりと見えることもあれば、うっすらと淡い感じの時もあります。 これは、虹を生み出す水滴の大きさによるものであって、大きな水滴ほど、あざやかな虹を生じさせることができます。雨が激しく降った後に、きれいな虹を見かけるのも、そのせいでしょう。
2回目の時に、光の波長によって、屈折率が異なることを述べました。
光は、水滴に当たると、屈折して水滴の中に入ります。その水滴の中に入った光は、反対側の水滴の側面で反射され、水滴から出る時に、また屈折がおきて空気中に出ます。この屈折率が、それぞれの波長によって異なるため、そこに、さまざまな色あいがあらわれ、虹が生じるのです。
この虹は、見る位置によって、見え方も当然異なってきます。光と眼の角度によって、虹の色における、見える色が違うからです。だから、見ている位置を少し移動すると、虹の姿も違っているはずです。
また、虹が見えるか否かは、自らのいる位置から見て、どの方向に雨が降っているか、太陽の光が、どこからあたっているかで決まってきます。
たとえば、自分よりも西の方向に太陽がある場合には、東方面で雨が降っている時に、虹は見えるでしょうが、西の地域が雨にみまわれていたとしても、今いる位置では、虹を見ることはできないでしょう。だからこそ、虹を見つけた時、ラッキーな気分になるのかもしれませんね。
しかし、雨がなくとも、太陽を背にして、前方に水しぶきがある時は、そこに小さな虹を発見できるはずです。
虹は、弧の外側が赤く、内側は青く見えますが、その虹の外側に、もう1本の薄い虹を見つけることが、たまにあるかもしれません。その色の並び方の順序が逆になっていますので、虹をご覧になった時、よくよく見てみましょう。二本の虹に遭遇できるなんて、素敵なことですね。
<6 光の色画像>
今、ご覧頂いているホームページ画像の色、また、テレビ画像の色もそうですが、これらは、光の色で、三種類の色があれば、さまざまな色がつくれることになっています。
それが、R、G、Bと言われる三色で、Rは赤、Gは緑、Bは青紫の色あいを表しており、色光の三原色と呼んでいます。もう少し補足するならば、可視光線のうち、Rは長波長領域、Gは中波長領域、Bは短波長領域の反射率が高い色光です。
また、私達の眼の視細胞にも、このR、G、Bに、それぞれ反応する色素があると言われています。
私達が画面上のRとGの細かな網点を同時に見ている場合は、黄色に見えますが、RとGの色光の量によっては、オレンジや黄緑にも見えます。この3色の色光を、それぞれ加えると、どのような色があらわれるのでしょうか。
大まかに言うならば、
R+G ⇒ 黄 G+B ⇒ 緑みの青 R+B ⇒ 赤紫 です。
もちろん、各色の量を調整することで、そこにあらわれる色あいを変えていくことができます。
実際に、コンピューターソフトの色設定ツールのR、G、Bの数値を動かしながら、あらわれる色をご覧になると、雰囲気がつかめると思います。
こうして色を混ぜていく過程は、人間の眼の機能とも合わさっていると言えるでしょう。。眼の視細胞では、三つの色光の点滅加減によって、3色の感光色素が作用し、それらを脳へ色信号として送る、といった働きも行われています。
画面上には、R、G、Bの点が並んでいるだけであって、それらの網点状態を、眼の錐状体という細胞で混ぜ合わせているのです。
テレビのブラウン管における画面も同様です。眼の働きを応用した延長線上に、テレビなどの画像色も生まれていったのでしょう。
<7 同じ色を見ることはない?>
インターネット画像にも、色はあふれていますが、とにもかくにも、私達は、日常、多くの色を、同時に見ています。
「色の中で色を見ている。」というのでしょうか。
「周りの色に刺激されたかのように色を見ている。」というか、「色の見え方もまわりの色しだい。」とも言えます。
絶対的、客観的な見方、といった表現は、色の世界には、全くあてはまらず、すべて相対的に色をとらえている、と言っていいでしょう。
たとえば、自分が気に入った色であったり、他の色よりも意識した色があったとして、それが、とても鮮やかな色だ、と見えたはずなのに、後からもう一度見たら、それほどでもなかった、思ったよりも少しくすんで見えた、と感じることはあるかもしれません。
しかし、特にその色を意識していなければ、そのような印象など、もつことはないでしょう。
いわば、私達は、色を見ることを意識した時に、色の見えの違いに改めて気づかされ、はたと、戸惑ってしまうのです。
もし、「もう少しあざやかな色だと思ったのに、よく見ると、淡い色だった。」といった感覚をもった時には、それを勘違いだった、と片づけているのかもしれません。
確かに、勘違いは勘違いなのですが、そうなれば、逆に、「正確に色を見る。」「きちんと色を見る。」といった状態があると思いがちですが、そうではなく、勘違いだらけ、というか、まさに錯覚の中で色を見ている、といった方がいいでしょう。
ただ、日頃の生活では、こうした錯覚をそれほど実感することなく、何となく色に接しています。しかし、大袈裟にいうならば、今、目の前で見ている色を信じると、次の瞬間から裏切られるかのように、色は、七変化していきます。
もちろん、それは、色が自ら変化しているのではなく、私達の見方が、自らを含め、周りの環境によって違ってくるからです。
だからといって、ある一つの色がどのような性質をもっているのか、それを感じ表現していくことが意味のないことだと言うのではありません。むしろ、移ろっていく色を楽しむために、この錯覚現象について、大まかな知識を知っておくことも役に立つでしょう。
今後、この基礎講座でも、取り上げていこうと思いますので、過去に、勘違い経験がある方は、それを思い浮かべながら読んで下さいね。
<8 色を伝える手段とは?>
どのような色かを表す時に、私達は、普通、色の名前をよく用います。ベージュ、茶色、コバルトブルー、ローズピンク、茜色、藍色、等など。
確かに、皆が知っている色名を伝えることで、どのような色であるかをイメージするには便利なものです。しかし、もう少し、色の性質をある程度、きちんと把握するために、色の物差しを使って表すことも知っておきましょう。
一番身近な物差しとしては、色相(しきそう)とトーンという、ある色が相対的にもつ、主な二つの性格を表すことです。
まず、色相について、わかりやすく言うならば、虹に見られる色あいをイメージして頂いたらいいでしょう。赤、オレンジ、黄、黄緑、緑、青緑、青、青紫、紫、赤紫、といった、わかりやすい基本的な色みのことです。虹に見られる色あいですね。(但し、赤紫は、虹には見られません。)
しかし、こうした色みだけではなく、私達は、薄い色、明るい色、暗い色、くすんだ色といって、どういった色みなのかを伝えることが多いです。その修飾語めいた表現を、トーンといってもいいかもしれません。
ただ、それも、自由自在に使っているため、伝達が、かなり、あいまいになることが多いです。たとえば、「明るい青」や「あざやかな青」といった表現では、人それぞれにおいて、イメージが異なってしまうことがあるでしょう。ですから、色を表す目的においては、このトーンについて、もう少し規定しておくことが必要です。
そのためには、トーンをさらに分解した要素、「明度」と「彩度」について触れたいと思います。次回は、この2つのファクターについて、ご説明します。
<9 色のものさし>
前回から、かなり日数がすぎました。申し訳ありません。
続きをすすめていきます。
前回の最後にご紹介した、「明度」と「彩度」についての説明をしましょう。
まず「明度」ですが、これは、明るさの度合いを意味します。
ここで言う明るさですが、それは、無彩色の明るさを基準に
考えます。無彩色の白のことを明度が最も高く、黒を明度が最も低いと、 規定します。すなわち、白っぽい程明度が高く、黒っぽい程
明度が低いと言うわけです。ですから、桜の花びらのような薄いピンク の色は、もみじの赤に比べて明度が高いと表現します。
だが、そうなると、この明度だけでは、真っ赤なもみじのあざやかさを 表すことができませんね。それを示すのが「彩度」の役割です。
つまり、色合いの強さを表す尺度が「彩度」であって、色みが強い程、 あるいは、色みがあざやかな程、彩度が高いと言います。逆に、くすんで
いればいるほど、彩度が低いというわけです。
ですから、無彩色である灰色は、色みがないわけですから、「色相」も 「彩度」もないわけで、「明度」のみで表現することになります。
本来、明度、彩度、といった尺度を用いる時は、数値を使ってあらわします。
明度や彩度の「度」は、温度と同じように数値を使うことを示しているのですが、 ここでは、色を測定するわけではないので、色と色を比較する中で、どちらの
色の明度が高いのか、彩度はどちらが低いのか、といったことを、イメージして 頂ければいいかと思います。
たとえば、桜の葉っぱも、紅葉を過ぎて枯れていくと茶色っぽくなります。 だんだんと、明度も彩度も低くなっているわけですね。
また、銀杏の葉が色づく時は、緑が黄色になっていくわけですが、色相の変化と 共に、明度も高くなっているのです。(緑の葉っぱよりは、色づいた黄色の方が
白に近いからです)
明度、彩度、といった硬い表現ですが、身の回りの色どうしを比較する時、 配色を考える時、役に立ちますので、この尺度の使い方も知って頂くと
便利です。
<10 見やすい色の組み合わせ>
さて、今年も大詰めですが、この不況のせいか、年が明けるなり、かなりのお店がバーゲンセールを
始めます。
お正月からスタートするところも増えて、年々、開始日が早くなっているようですね。
「SALE」の文字が、店舗のまわりの硝子の壁などに一杯並んでいます。
そのPOP広告の多くが、白地に赤の文字、あるいは黄色の地に赤の文字、 といった色の組み合わせを使っています。
「目立つは赤」ということでしょう。
しかし、赤を使えば目立つかと言えば、そうとも限りません。
確かに目を引くことは事実ですがー
私達が、形を認識する際、色と色の関係から言うならば、背景(地)の色と図の色の関係が大切です。
赤が目立つといっても、地の色が、彩度の高い青であったならば、それほどわかりやすいとは言えないでしょう。イメージ画みたいなものならいいのですが、文字を読むとなったら、読みにくいだろうし、注意を引くための掲示板ならば、印象が薄まるでしょう。
なぜならば、私達が、何かを認識するためには、図の色と地の色の濃淡の違いが、ある程度そこになければ、わかりづらいからです。いわゆる明度差です。
皆さんが読まれる本は、殆ど白地に黒ですね。
白と黒の明度差は、色どうしの関係の中で最も大きく、そのため、文字が何ら問題なく読めるわけです。
だからといって、白と黒の組み合わせを、すべて使えばいいものではないでしょう。
注意を惹きつけるのに、無彩色を使うのは効果が弱いです。
だから、有彩色を使うことになるのですが、前述した高彩度の赤の場合、明度は、白と黒のほぼ真中ぐらいにあたるため、明度が、かなり高い黄色や白が背景色であっても、ある程度、明度差は生じます。
ところが、高彩度の青は、赤よりも少し明度が低めですが、赤との明度差が、それほどないことになります。
ですから、目立たせるために色あいをもたらしたとしても、使い方によっては、思った程、効果がないものになる場合もあります。
ものの認識を高める上で、明度は、色の組み合わせをする際に、頭に入れておきたいファクターの一つでしょう。